「初見の問題になると、なぜか手が止まってしまう」というご相談
個別指導をしていると、時々こんなお話を伺います。
「計算は得意なんです。でも、初めて見る問題になると、急に手が止まってしまって……」
これは、決して珍しい相談ではありません。むしろ、算数がある程度得意なお子さんほど、この壁にぶつかりやすいというのが、私の指導経験からの実感です。
今日は、この「止まる・止まらない」を分けているものについて、指導現場で見えてきたことをお話ししたいと思います。
思考力を分けているのは、知識の量ではない
正直に言うと、私自身、若い頃は「解法をたくさん知っている子ほど強い」と考えていました。台形の面積の求め方を3通り知っていれば、それだけ対応できる問題も増える。単純にそう思っていたのです。
けれども、20年以上、様々なお子さんを見てきた今は、少し違う考えを持っています。伸びていく子に共通しているのは、知っている解法の数ではなく、「答えが出た後にどうするか」という態度だという傾向です。
正解して終わる子と、そこから一歩進む子
問題を解いて、答えが合う。ここで「終わり」にする子と、「あ、これって別の求め方もできそうだな」と手を止めずに考え続ける子がいます。
この違いは、才能というより、習慣に近いものだと私は感じています。そして習慣であるなら、育てることができるはずです。
小学生の頃、私が別解を探していた理由
少し個人的な話をさせてください。
私は小学生の頃、算数の授業で、先生に指名されるのがとにかく好きな子どもでした。とはいえ、みんなと同じ解き方で手を挙げても、指されるのは大抵、真っ先に手を挙げた子です。
そこで私は、正解が分かった後も、あえてもう少し粘って「別の解き方はないか」と考えるようになりました。図で解けたなら、比でも解けないか。比で解けたなら、線分図でも表せないか。そうやって別解を1つ用意しておくと、授業の終盤、他の子の発表が一通り出た後でも、まだ発言できる。それが、単純に嬉しかったのです。
今振り返ると、あれは「指名されたい」という不純な動機から始まった習慣でした。けれども、あの時間の積み重ねが、後々、初めて見る問題に向き合う力の土台になっていたように思います。
なぜ「別解を考えること」が思考力になるのか
ここが今回、一番お伝えしたいところです。
別解を考えるという行為は、単に「解き方をもう1つ知る」ことではありません。1つの問題を、複数の角度から立体的に眺めるということです。
比で解けた問題を、面積図でも解いてみる。すると、「この比の数字は、図のこの部分に対応していたのか」という気づきが生まれます。この気づきこそが、初めて見る問題に出会ったときの「あ、これはあの構造と似ている」という感覚につながっていきます。
もう1つ、見落とされがちなのですが、別解を探す時間そのものが、「まだ考えられる」という粘りの経験になっています。答えが出た瞬間に手を止める癖がついていると、初見の問題で行き詰まった瞬間、そこで思考も止まってしまいやすい。逆に、答えが出てからも考え続けた経験がある子は、行き詰まっても「まだ何かあるはずだ」と粘れる傾向があるように感じています。
実務的な効果もあります。同じ問題を別のやり方でも解いてみると、答えが一致するかどうかで自分の計算ミスに自分で気づけるのです。1つの解法だけを信じて突き進むと、途中の小さな間違いに最後まで気づかないことがありますが、別解という「答え合わせのもう1つの目」を持っていると、そこで違和感に立ち止まれます。そして何より、複数の視点から同じものを眺める経験を重ねた子は、発想そのものが自由になっていくように感じています。1つのやり方に固執しない分、初めて見る問題でも「じゃあこっちの角度から見たらどうだろう」と、気軽に手を動かせるようになるのです。
具体例:台形の面積を、2通りで求めてみる
上底6cm、下底10cm、高さ4cmの台形があります。
- 解法1(公式):(6+10)×4÷2 = 32cm²
- 解法2(三角形に分ける):対角線を1本引いて、2つの三角形に分けます。底辺6cm・高さ4cmの三角形が6×4÷2=12cm²、底辺10cm・高さ4cmの三角形が10×4÷2=20cm²。合わせて12+20=32cm²。
どちらも同じ32cm²になりますが、解法2をやってみると、「台形の面積公式は、実はこの2つの三角形をひとまとめにした式なんだ」ということが見えてきます。公式を覚えるだけでは得られない発見です。
こうした「同じ答えに、違う道筋でたどり着く」経験を積んでいる子ほど、応用問題で公式が使えない場面に出会ったときも、慌てずに手が動く印象があります。
「教えすぎない」は、見放すことではありません
ここで誤解していただきたくないのですが、私は「教えないほうがいい」と言いたいわけではありません。むしろ逆で、意図を持って、教えるタイミングと問いかけるタイミングを使い分けるということが、指導では欠かせないと考えています。
分からないまま何十分も放置するのは、思考力を育てるどころか、算数嫌いを生む原因になりかねません。大切なのは、答えを渡す前に「今、この子は自分でどこまで考えられそうか」を見極めることです。ヒントを1つだけ出す。図の一部だけ描いてあげる。そうした小さな問いかけの積み重ねが、答えを丸ごと渡すのとは違う結果を生みます。
ご家庭でできる、ちょうどいい距離感
「では家庭でも同じようにしなければ」と身構える必要はありません。特別な教材がなくても、日常の会話の中で十分できることがあります。
たとえば、買い物中に「これとこれ、どっちが100gあたり安いと思う?」と聞いてみる。答えが合っていたら、「他の考え方でも出せるかな?」と一言添えてみる。それだけで、お子さんは「答えの先」を考える習慣に触れることになります。
正解・不正解をジャッジする場ではなく、一緒に考える時間として捉えていただけたらと思います。
おわりに
別解を考える習慣は、一朝一夕には身につきません。私自身、あの頃の「指名されたい」という子どもらしい動機から始まって、今の指導観にたどり着くまで、随分時間がかかりました。
もし今、お子さんが「答えが出たら、そこで終わり」というタイプだったとしても、焦る必要はありません。それは今日から、少しずつ変えていける習慣です。拙著『図形の力』でも、1つの図形をいくつもの角度から見る力について書いていますので、よろしければ手に取ってみてください。
#さんよび塾 #中学受験 #算数


